佐々木小世里の「ちょっとだけ弾んでみる?」

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2017年 08月 03日 ( 1 )

思いのほか過ごしやすい真夏に思う。

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時折、立て続けに映画を見る。今週はシアター・キノでふたつの映画を。
「ヒトラーへの286枚の葉書」と「ボンジュール・アン」
まったく共通点のない内容だったけれど「自由」についてすこし思った。
「ヒトラー」の方は戦時下で魂の自由を獲得した夫婦のストーリーは実話というだけにハラハラし息を呑んだ。隣り近所、右に、左に監視の目が光る理不尽極まる状況でも、言葉を発し続ける夫婦のなかに芽生える新たな愛の形がはっきり見えたことが素晴らしかった。
「アン」は「鳥」などで有名なフランシス・フォード・コッポラ監督の妻エレノア・コッポラさんが81歳で監督した作品ということで興味が湧いた。
81歳は未知の世界。
エレノアさんの魂はこんなにキラキラと光を求め続けているんだ。まだまだ、求めてもいいんだな。
ストーリーは自由な現代で妻として無意識に自ら囚われの身になっていたアンの魂が旅を通して開放されていく様子がメイン。
「自由」ってそういうことなのかな?って感じないこともなかったけれど。
うちのワンコは散歩中にリードを放すと立ち止まって振り返った。
先へ先へ行きたい!とぐいぐい引っ張っていながら、「どうぞ」と手を離されると急に不安になるもの。
不自由を感じるから飛び出すパワーが増すってこともある。
「このところ誰もけなしてくれないんです。それが不満」。
俊カフェのオーナー古川奈央さんが集めた「谷川俊太郎さんの言葉」が入ったスコーンに入っていた言葉ですが
魂はきっといくつになっても枯れないけれど、まわりの見方が変わってしまう。
それが年を重ねることの不自由さなのかな?
あら、こんな話しになってしまった。
今回の「小世里のキラリ!見つけ旅」の若草色の帯に「あきらめない」って書いてあるけれど
わたしはそれをついつい「まけない」と読んでしまう。
自分が自分に負けないこと。
フリーの浮き草稼業はそこにしかよりどころがないと思うことも多い。





by koyopab | 2017-08-03 10:29