佐々木小世里の「ちょっとだけ弾んでみる?」

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マイナス6℃。あんまり寒くて春へ逃避。

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最近よく「AI」という言葉を聞く。
エーアイとやらがどんどんいろんなものに組み込まれていくと
いろんな仕事を奪ってしまうらしい。
パソコンが普及して、いろんなことが楽にできるようになって
専門の人がやる部分もそこそこの程度までは素人でもできてしまうようになったり
スマホは見逃したテレビを好きな場所で見せてくれるようにまでなってしまった。
それはそれでありがたいけれど。

この仕事を始めた25年前は、まだファクスすら自宅になくて
道新のデスクからコラム著者の原稿を郵送してもらい
描いたイラストは直接届けに行っていたもの。
たった25年で、原稿はビューンとメールでやってきて
イラストもビューンとメールで送れるようになった。

ウエブでの情報発信がないころには
とにかく書籍というものが欠かせない情報源で
仕事をもらうと、まずは資料探しからはじまったもの。
本屋に立ち寄るのは楽しみでもあり、雑誌も買い込んだし
丸善の洋書コーナーではずいぶんと散財した。
この本を持ったらセンスがよくなるんじゃないか?と、いつも期待しながら買っていた。
今を感じるもの、素敵な物は街にでかけて、歩き回って見つけたもの。
結局、本を買っただけではセンスが良くなるわけでもなく、
素敵な洋服はマネキンだから似合っていただけで
いつもあいまいな「夢」をみせてもらっていた。

そう、なにを思って書ききはじめたかというと
新聞で続けてきた連載のモチベーションは
小さなスペースでも、イラスト付きならいろんな情報を詰め込めて想像を膨らませてもらえると
思えたから。見た側にゆだねるなにかがあるような。
キラリ!の後半になるにつれ、多くの取材先の方々がホームページやfacebookでの発信をされるようになり
そのリアル発信のほうがビジュアル的にも優れていることが多くなってしまった。

食事に出かけようとする時にも
まずは「食べログ」をチェックする。
画像を見て、口コミを確認してしまう。
遠回しに批判しているな。と文章を深読みして、あれも、これも却下してしまうなんてこともあり
結局、行きつけの店に落ち着く。
1000円以下のランチでも失敗したくない気持ちが働くのが可笑しい。
「不寛容」という言葉も聞く。
わたしも知らず知らずのうちに失敗しないように
情報をジャッジして私好み以外は受け入れない壁を作りはじめているのかもしれない。
「不寛容」というより、「老い」なのかな?







by koyopab | 2017-11-20 11:14